今日は1時半に目が覚めて、寝られませんでした。 眠れない時に仕事のことを考えると、良いことは決してありません。 でも手軽に本を読めるような準備もしていなかったので、何となく仕事のことを考えていました。 そんな時にはプラス思考ではなく、不安やマイナス思考になってしまいます。 そこで、2時過ぎでしたが割り切って起きてしまいました。 今日は一日大阪に行くため、グミちゃんは3時に起きて、トイレとご飯。 カラちゃんと香織ちゃんはいつもの時間に起床。 自宅はグミちゃん、カラちゃん、香織ちゃんと、いつもの出発。 池袋で丸ノ内線に乗せてもらい、そこで香織ちゃんとからちゃんとはお別れ。 帰宅して聞いた話ですが、カラちゃんは丸ノ内線のホームから、なかなか動こうとしなかったそうです。 東京駅のホームで日盲社協のSさんと待ち合わせ。 待ち合わせ場所で無事に会えたので、これで今日1日は安心。 新大阪に到着したのは11時前。 外出するときには、グミちゃんのトイレをどこで行うか考え、行動をするようにしています。 そこで、新大阪の多目的トイレでグミちゃんのトイレを実施。 しかし、多目的トイレは混んでおり、15分ほど並びました。 もっとも、一般のトイレも人が並んでいたようです。 昼食を食べてから、会場のホテルに到着。
私の大阪出張の目的は、日本ライトハウスの岩橋明子会長のお別れの会に参加するためです。 しかも、ラビットの社長という立場ではなく、日盲社協の常務理事という立場でです。 お別れの会に参加して、いろいろな話を聞いている中で、過去がいろいろと思い出されました。 岩橋明子会長が第3代の理事長に就任したころ、私は訓練生として、日本ライトハウスに行きました。 私はそこで約4年間訓練を受けました。 私が岩橋明子会長と直接話をしたことはもちろんありません。 しかし、各学期が始まる式などで、何度も話を聞いたことがあります。 訓練では「視覚障害者の最大限の能力を引き出す」ということに重点が置かれていたそうです。 それだけ聞くと、「何だ、そんなことあたりまえではないか」とだれもが思うでしょう。 では、「最大限の能力を引き出す」とは何を、どのようにすれば可能なのでしょうか? 今日、一番最初に記憶からよみがえったのは、訓練中に私が夜逃げのようにして、帰ってしまったことです。 音の出ない端末のキーボードの位置をみえる人に聞いしまい職員に怒られ、他にもいろんなことが重なり、私自身何も考えられなくなり、その日夕方に職員に相談もせず、無期限の外泊届を出して夜の電車で帰ってしまいました。 お金もありませんから、栃木まで電車を乗り継いで帰ります。 大阪を19時に出発して、自宅に着いたのは朝の8時です。 数日間、家でごろごろして、私は再び大阪に戻りました。 この出来事に対して、何を言われても我慢して、もう一度頑張ろうと思い、戻りました。 しかし、職員は誰人にそのことに触れることなく、謝罪文を書かされたり、注意を受けたりすることなく、自然そのものでした。 「荒川のの能力を最大限に引き出す」ということは、逃げ出すほど厳しく指導することだったのかもしれません。 そして、その後のフォローもちゃんと万全にしてです。 この出来事で母親からも友達からも職員からも「頑張ろう」という言葉は一言も聞きませんでした。 きっとその言葉を聞いたら「私はここまで頑張っている、あとは何をすればいいのだろう」という言葉を口にしていたと思います。 しかし、だれもそんなことを言わないので、何も口にすることもなく、時間が私の心を癒してくれ、もう一度自分自身で立ち上がることができたのかもしれません。 「私は岩橋明子会長に育てていただいた」ということが、今日のお別れの会で初めて知ることができました。 そして、私はその意思を深く考え、行動する必要性を感じました。 「その人の能力を最大限に引き上げる」、私には重い言葉になりそうです。 岩橋明子会長、ありがとうございました。 安らかにお休みください。 そして、天国から時々でよいので私の行動を見てください。 さようなら。